Research projects

 1. ケミカルバイオロジーによる植物免疫機構の解明 
 2. 植物免疫活性化剤の探索同定
 3. ミナトカモジグサを用いた紋枯病抵抗性機構の解明
 4. ブドウ根頭がんしゅ病を抑制する拮抗微生物の作用メカニズムの解明 
 

1. ケミカルバイオロジーによる植物免疫機構の解明 

 作物を病害から守るために、これまで人類は耐病性品種や農薬の技術を培ってきました。また最近では遺伝子組換え技術により、耐病性を含めた様々な有用形質が付与されています。現状の作物生産はこれらを駆使することで維持されています。病害被害をさらに改善するには、従来手法のさらなる発展やこれまでとは異なる方法論が求められます。イノベーションを生み出すには病原体の感染戦略や高等植物の免疫機構を分子生物学、分子遺伝学、生化学等によって分子レベルで理解し、技術革新の礎となる基盤を得る必要があります。
 
 植物の免疫機構に関わる遺伝子を特定する方法として、これまで分子遺伝学が用いられてきました。これは植物のDNAにランダムに傷を付けた変異体集団を用い、その中から免疫応答が異常になったもの、すなわち病害抵抗性を喪失したものや常に免疫応答を発動してしまうような変異体を選抜し、その原因遺伝子をします。DNAに変異が生じると遺伝子の実体であるタンパク質の一部のアミノ酸が置換したり途中で途切れてしまい、その影響で機能が変化・喪失し、表現型として現れます。DNAへの変異の代わりに、タンパク質に化合物を取り付かせることで、その機能を阻害または亢進して表現型を生じさせる手法がケミカルバイオロジー(化学遺伝学)です。特定の生命現象に変化を与える化合物を探し出し、その標的分子としてのタンパク質を特定することで関係する因子が明らかにできます。薬剤を作用させるタイミングや濃度を変えることにより、生命現象のあるステップを担う遺伝子に複数の類似した遺伝子が関与する機能重複性や、当該遺伝子が発生段階でも役割を担っているために種子が得られない致死性のために、これまで変異体が採れず未解析の場合にも対応できる可能性が特徴です。
 
 我々は少量の薬剤の使用でその植物免疫応答に与える影響を定量的に評価できるアッセイ系を独自に開発し、様々な化合物のセット(ライブラリー)から植物の免疫応答を阻害または亢進する薬剤を多数単離することに成功しています。現在これら生理活性物質の作用機序を解析することによって病害応答に関わる新たな仕組みやそれを司る遺伝子の同定を目指しています。
 

2. 植物免疫活性化剤の探索同定

 植物の免疫応答を活性化する薬剤は基礎研究のツールとしてのみならず、「抵抗性誘導剤(プラントアクティベーター)」として実用展開できる可能性があります。抵抗性誘導剤は植物体に作用してその免疫力を高めることによって病害防除効果を発揮する薬剤です。様々な病害に効果を発揮すると共に、薬剤耐性菌の出現リスクがないことが大きな特徴です。日本で行われる集約的農法のパフォーマンスを最大限に保つには従来型の殺菌・殺虫性農薬の使用は欠かせません。しかし、それらは安全性に配慮して病原体の特定分子に標的が限定されているため、病原体の自然突然変異や薬剤の選択圧による耐性菌の増加によって打破されてしまう場合があります。これにより農業現場で使用できる剤が枯渇しつつあります。
 
 参考記事:Meiji Seikaファルマ株式会社 「水稲研究最前線」 薬剤耐性菌と耐性菌マネジメントについて 石井英男先生
 
 その点、抵抗性誘導剤は宿主作物に作用するので薬剤耐性菌が出現せず、効果が持続的です。また、従来型の殺菌性農薬と併用することによって、その使用量や散布回数を低減することができますので、環境負荷も抑えられ農作業の効率化にも資する薬剤なのです。昨今の地球環境変動は病原体の生息域をも変化させ、各地域においてこれまでになかった病害の出現も観察され始めています。抵抗性誘導剤はそのような病害への対策にも有効と考えられます。実は抵抗性誘導剤は日本発祥の技術であり、オリゼメート(明治製菓)やブイゲット(日本農薬)といった製品がアジアの水稲栽培を長年支え続けています。
 
 参考記事:Meiji Seikaファルマ株式会社 Dr.(ドクター)岩田の『植物防御機構講座』 岩田道顕先生
 
 これらは偶然得られたものや既存剤の派生物展開によって開発されてきました。前述の優れた特徴から、他の作物品種とその病害においても抵抗性誘導剤の適用が望まれていますが、新剤の開発は進んでいません。さらなる利用拡大を目指すには、従来品とは異なる骨格と作用機序を持つ新剤の発見が必要です。本研究室での大規模スクリーニングから得られた化合物群は、新規病害抵抗性誘導剤の戦略的開発のためのシーズ(リード化合物)となります。特に我々のスクリーニング系では、イネとは異なる双子葉植物を使っていることから既存剤とは異なる特徴を持つ薬剤の単離が期待できます。また、単に病害応答を活性化する薬剤(免疫誘導型薬剤)のみならず、植物が本来持っている免役応答を感染時特異的に活性化する薬剤(免疫プライミング型薬剤)を選択的に単離できる点も特徴です。恒常的な免疫活性化は植物の生育阻害という薬害を誘導してしまう可能性が高いため、プライミング型薬剤は副作用の少ない抵抗性誘導剤の開発シーズとしての利用が期待されます。
 
 プレスリリース:
  植物の耐病性を向上させる新規化合物を5個発見
  −持続的で環境負荷が少ない病害防除法開発への手がかり
   省略版 詳細版
  (新聞4誌を含む7つのマスコミで紹介されました。)

3. ミナトカモジグサを用いた紋枯病抵抗性機構の解明

 紋枯病は水稲栽培においていもち病に次ぐ被害をもたらす重要病害です。原因菌はRhizoctonia solaniという糸状菌です。蔓延した菌糸は菌核と呼ばれる塊を作り、これが地面に落ちて越冬します。水田に水が張られると菌核は浮かび上がり、イネの茎の水際に付着することで植物体に感染します。楕円状で紋のようにみえる病斑が名前の由来になっています。高温多湿になる夏以降、菌糸は地上部のみならず、空気中にも飛び出して周辺の植物体にも蔓延します。特に稲穂の倒伏が収穫量の減少を引き起こします。栽培イネには紋枯病に抵抗性を持つ品種が存在せず、殺菌剤が唯一の防除法となっています。
 
 本菌は宿主を殺して栄養とする殺生菌として知られています(一方、生きた状態の宿主細胞に寄生するものは活物寄生菌と呼ばれる)。宿主範囲が広いのが特徴で、イネの他にも200種以上の植物に感染します。土壌に生息する本菌は植物の根に感染することで根腐れ病を引き起こします。地球環境変動は本菌に好適な環境を作るため被害拡大を助長し、また殺菌剤耐性菌の出現も懸念されているため、新たな防除策の開発が期待されています。しかし、本菌は一つの細胞に多くの核が存在する多核であるため遺伝子操作が行えず、病原性の理解が進んでいません。
 
 我々は単子葉植物やバイオマス作物の実験モデルとしてその研究環境が急速に整備されているミナトカモジグサ(Brachypodium distachyon)を研究材料として取り上げ、紋枯病菌感染系を構築しました。
 
 現在、本実験系を利用してミナトカモジグサの防御機構と紋枯病菌の感染戦略を分子レベルで明らかにしようと研究を進めています。これらの成果は新たな防除法を確立するための基盤になると考えています。

4. ブドウ根頭がんしゅ病を抑制する拮抗微生物の作用メカニズムの解明

 岡山県の主力農産物の一つがブドウです。ブドウは生食に加えてワイン原料としても利用され、果樹の中では世界で3番目に多い生産量を誇ります。このブドウの栽培では根頭がんしゅ病が問題になっています。土壌に生息するRhizobium vitisが根の傷口から侵入し、全身の至るところに到達してコブを形成させ、樹体の生育悪化や枯死を引き起こします。本菌は自身がもつDNAを宿主植物へと送り込み、それらを使って植物に植物ホルモンを作らせることによってコブの形成を促し、そこで菌のエサとなる物質を作らせて温々と増殖するという複雑な感染戦略を持っているのです。(ちなみに本菌はアグロバクテリウムの一種であり、このメカニズムは植物に遺伝子を導入するための道具として利用されています)
 
 土壌に生息する菌に対し農薬散布は効果が出ません。そのため、発病を抑制する技術が求められています。岡山県職員(現農業・食品産業技術総合研究機構研究員)の川口章博士は、ブドウの根に生息する細菌の中から、ブドウ根頭がんしゅ病の発病を抑制する作用をもつ拮抗微生物を単離しました。この菌液をあらかじめブドウ苗の根に浸してから定植すると、病原菌が存在する土壌でも発病しなくなる効果が得られます。1.植物の根圏に定着する性質で病原菌と生息域を競合し、2.直接的に病原菌を撃退したり活力を奪い、3.植物の生長や免疫力を活性化する、などの性質を有する微生物を利用して作物病害を防除する方法論はバイオコントロールと呼ばれます。本菌は拮抗微生物として極めて強力な防除効果を持つため、新たな防除法の開発に繋がりうる本菌の発見とその後の研究に対し、川口博士は日本学術振興会賞と日本学士院学術奨励賞を受賞されています。
 
 本拮抗菌は病原菌の病原性や増殖を抑制しますが、その作用機構は未だに明らかにされていません。そこで現在我々は川口博士と共同で、拮抗作用を分子レベルで解明する研究を進めています。この仕組みがわかれば、さらに有用な菌を探したり作ったりすることにつながります。